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スペインの女性から日本人へ、闘牛「拷問」中止に力を貸して!
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<「チモッキ」のチーモさん記事から転載します!>闘牛の話よ。ぜひ、読んで!
↓  ↓  ↓  
http://timoco.blog.shinobi.jp/Entry/357/

闘牛で、必ず思い出すスペインの女性
アンジェラさんからみなさんへのお願い

★★★★★★★★★

私はバルセロナ市近郊で反闘牛の活動をしている小さな市民団体の一員です。

バルセロナには闘牛場があって、毎日のように日本人観光客が訪れます。 その愉しそうな様子をみていると、きっと伝統的なもの、 又は芸術的な見せ物を期待しているのだと感じます。
しかし私は尊敬する日本の人たちに知ってほしいのです。少なくともバルセロナでは、闘牛は伝統的なものではないことを!
地元の人は、ほとんど足を運ばないし、 それどころか闘牛に反対する声が高まっています。

なぜ開催されるのでしょうか?
それはバルセロナでは、闘牛を観光コースの一つに組みいれているからです。

闘牛は非常に残酷な見世物です。 雄牛は苦しみながらゆっくり死に追いやられます。
本来、牛はのんびりとした草食動物で食べ物を得るために狩りをすることもなく、 何かを追い回したり、攻撃するように「創造」されたりしてはいません。
闘牛では牛を怒らせる為、闘牛場に追い込む前にわざと負傷させています。

皆さんは闘牛場がなぜ円形なのか考えたことがあるでしょうか?
もし正方形ならば、雄牛は血生臭いゲームに加わることがイヤで隅に隠れてしまいます。円形にすることによって、雄牛が隠れる場所を完全に奪っているのです。

雄牛の目にワセリンを塗りつけることもあります。視界を濁せ、混乱させるために。

周囲で何が起きているかもわからないまま、 雄牛は隠れる場所が全くない場所に引きずり出され、ゆっくりと殺されていくのです。
すべては人間の娯楽の為だけに。

闘牛士が勝利を祝って耳や尾を切り取る時、まだ生きていることもあります。
一体何のための勝利でしょうか。

生きたまま動物が苦しめられ公開処刑される姿を楽しむ。良識ある人達がそんなことが出来るとは思えないのです。」
スペインを訪れて下さることは嬉しいけれども、 皆さんは残酷な見世物を支える一人になっているのです。

闘牛に行かないで。
派手な宣伝に、だまされないで。
この無意味な拷問をやめさせるために、力を貸して下さい。

アンジェラ・ラファルト

★★★★★★★★★



伝統は 残酷さの言い訳ではありません
この残酷な見世物を支持しないで!



 【転載 ここまで】






動物たちが怒りや恐れ、愛、喜び、羞恥心、同情心、孤独などを、あたかも物語や寓話の登場人物のように感じていることがわかれば、彼らについてどう考えるかだけでなく、どう扱うべきかについても、おそらくは考え直さざるをえないはずである。
動物たちの深い感情が明らかになればなるほど、動物実験に対する私の怒りは高まっていった。拷問を受ける彼らの苦しみを知りながら、実験が正当化できるだろうか。動物たちを食べ続けることができるだろうか。臓器を売るために人が人を殺す話を耳にすれば、たとえそれが作り話であっても、私たちはぞっとせずにはいられない。だが一方では毎日のように、ゾウが象牙のために、サイが角のために、ゴリラがその手や足を土産物とするために、殺されている。そうした動物たちも感情を持つ生き物であるという意識がより多くの人々の心に行きわたり、残虐な行いを正当化することが少しでも困難になればと、私は願ってやまない。


   ―ジェフリー・ムセイエフ・マッソン




涙は人間だけのものではない。
動物のほうが
人間より鈍感だとする証拠は
どこにもないのだ。

われわれが悲しむように
彼らもまた悲しみ、
われわれが喜ぶように
彼らもまた喜ぶ。



『ゾウがすすり泣くとき』より


闘牛 / 2012.08.02 Thursday 14:08 | 
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