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動物搾取のない世界へ
※残酷な行為をなくしていきましょう。そのためには、隠された真実を知りましょう。



『実験犬シロのねがい』のシロの話、知っていますか?

脊髄の実験に使われ、疥癬でボロボロ、膿でいっぱいの皮膚、歩行困難、全身から臭気、爪は伸び放題、痩せて全身から脱毛し、赤い皮膚がむき出し、毛が残っているのは首輪のあたりだけという悲惨な状態で地球生物会議ALIVEによって救出されました。保護された彼女はまだ推定1歳という若さ、ただ悲しい目をしているだけでした。保健所に捨てられる前は、飼い主から虐待を受けていました。実験に使われた後に保護されわずか2歳でこの世を去りました。

実験イヌシロの姿 〜1匹の犬が問いかけたもの

どうか動物実験の問題に関心を持って、動物たちの犠牲を減らし無くしていく暮らし方を考えて下さい。

●動画 「実験犬シロのねがい」
問われる動物実験
猫のチャッピー
うさぎのピョンコ
うさぎのフワフワ

罠猟【毛皮の実態.錺福淵肇薀丱汽漾吠圈
生命の叫び




肉食、動物実験、野生動物の駆除、ペット産業、狩猟、毛皮、ロデオ、娯楽、動物園、水族館、皮革製品など、人間の生活の場で犠牲になっている果てしない数の動物たち。
「もうこれ以上、動物たちを苦しめない」という選択をみながしていけば、地球は平和で満たされ豊かな惑星となるでしょう。

誰かを苦しめない選択、誰かを苦しみから救う選択。
他者を思う利他的な行為があらゆる場面で広がれば、世の中は素敵に変えられます。

日々の選択は、他者を思う利他的な行為の場ともなります。
見てほしい動画
Dominion: Documentary
Dominion: Documentary(日本語字幕)
Earthlings Japanese Subtitle
工場式畜産のない世界を想像しましょう♪
工場畜産をやめさせるためのもっとも確実な方法は、その生産物の消費をやめることです。

工場式畜産業の壁の向こうに隠された恐ろしい現状1
工場式畜産業の壁の向こうに隠された恐ろしい現状2
地球を貪り食う

動物ホロコーストに終わりを
※字幕ボタンをクリック!

ゲイリー・ヨーロフスキーの啓発的なスピーチ
ゲイリー・ヨーロフスキーの質疑応答



たった一人が動き出すところから始まる

私たちの中には、きっと輝く太陽のような光がある。その光が世界を変える。

夢は見るだけのものじゃない、叶えるもの。
それならば、世界で一番こうなってほしいと願う夢を見たい。
自分のためじゃなく、誰かのために。

誰かの苦しみをなくしたい。
誰かの悲しみをなくしたい。
誰も、暴力の標的にされず、いじめられず、利用されず、苦しみの一生を背負わされず、笑いが絶えないような世界の夢をみたい。

そして、誰も暴力と苦しみの果てに殺されることのない世界を夢見ている。
だれもが、だれかの幸せを思い、すべての生きものを大切にする世界を。

小さな点にしかならないかもしれないけれど。
多くの人の心に、ちゃんと届くことを願って。

【十万の太陽よりも、さらに明るく輝く光が、あなたの中にある。 −古代インドの聖典『バガアッドギータ』】

私たち一人ひとりが、世界を変える力を持っている。




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<シルバーバーチ>

★真実は真実として、人々に迎合することなく述べ伝えなければならない。純真無垢の真理は時として苦く、また心を傷つけることがあるものです。しかし、あくまでも真実なのですから、いずれは良い結果を生みます。

★自然界の生命はすべてが複雑にからみあっており、人間の責任は人間どうしを超えて草原の動物や空の小鳥にまで及んでいます。抵抗するすべを知らない、か弱い存在に苦痛を与えることは、ぜひとも阻止しなくてはなりません。



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みんな知らない、動物が肉になるまで。食肉産業は欺瞞に満ちている?

JUGEMテーマ:日記・一般

 

動物が肉になるまで

 

食肉産業では、動物たちの血や内臓は屠場の床の上にちらばり、彼らの死体は剥皮され、切り分けられ、切り刻まれる。そのプロセスは、「人道的な屠殺」の法律に規制されてはいるものであっても、野蛮で残忍なものでしかありえないものとなっている。

 

この産業は、至近距離で額に8インチの長さのピンを打ち込まれることを運命づけられた動物たちを土台とする産業である。

 

 

 

食肉は殺害である。家畜化自体が不自然なプロセスであり、動物を奴隷化し、彼らの一生涯を人間の意志と都合に従わせる方法である。しかし、多くの人々は、家畜を食用のものとして、人間の食卓にのるものと認識している。

 

これは何も、食肉産業だけに限っではいない。養鶏産業、酪農産業も同じことである。

 

 

 

毎日のように卵を1個産み続けた雌鶏は、わずか1年ほどで御用済みとなる。

卵を産まなくなるわけでないが、生産性が低下したり卵の商品価値が下がるからといった理由で、今ではわずか10ヶ月ほどでお払い箱とされてしまう。

 

お役御免となった雌鶏は、生きたまま「廃鶏業者」に引き取られ、丸のままの鶏肉状態となって加工原材料にされる。

 

 

 

雄のひなは、縁日などで売られるヒヨコとして引き取られたりしていた。

しかし大半は、孵卵場で雄雌の選別がされると、雄の雛は、ビニール袋に生きたまま放り込まれる。そこでは圧死か窒息死が待っている。はたまた生きたまま機械で裁断されミンチ肉にされる。

 

もはや、残酷極まりないこの程度において、どちらがより少しはマシかという話でしかない。

 

スーパーで並ぶ卵・肉・乳といった動物性の食品には、こうした動物残酷物語しかないのである。

 

 




衝撃を受けるかもしれませんが。
知ってほしい、家畜と言われる動物たちの現実です。





大きな映像はこちら
動物が肉になるまで

 

 

 

工場畜産*畜産動物の扱い /
「アニマルウェルフェアとCSF(豚コレラ)」ワークショップ

JUGEMテーマ:ペット

 

<ALIVE-newsより転載>


【イベント案内】
2020年02月15日(土)開催 
「アニマルウェルフェアとCSF(豚コレラ)」 ワークショップ
 

2020年02月15日(土)13時より、麻布大学に於いて「アニマルウェルフェアとCSF(豚コレラ)」ワークショップ(タイトル「CSFの現状を学習して家畜伝染病とアニマルウェルフェア畜産のあり方を考える」/主催:アニマルウェルフェアフードコミュニティ・ジャパン(AWFCJ))が開催されます。

「アニマルウェルフェアとCSF(豚コレラ)」ワークショップのご案内

https://awfc.jp/2020/02/03/アニマルウェルフェア(aw)大学講座-「アニマル/


ご関心・ご興味がおありの方は是非ご参加ください。
(お申し込みメールフォーム https://awfc.jp/contact-2/ )

以下、ワークショップの詳細を転載させていただきます。

 

***

<開催趣旨>


家畜の福祉(ファームアニマルウェルフェア)とは畜産動物である家畜が生まれてから最終的な死を迎えるまでの生涯(飼育過程)において、ストレスから自由で、行動要求が満たされた健康的な生活ができる状態にあるとともに、それによって人も家畜から癒しを受けるなど、家畜と人が相互に満ち足りた生活を与え合って「人も家畜も満たされて生きる」ことを意味します。

アニマルウェルフェア畜産(家畜福祉畜産)は、家畜を行動要求満足度の高い生活状態で飼育する生産システムであり、人も家畜から安全で質の高いウェルフェア食品(Welfare Food)と癒し(Welfare Care Service)をも与えられる、人と家畜とが相互依存するウェルフェア共生システムです。

欧米などの畜産先進国は、家畜の行動の自由を閉じ込め、生産性と効率性の向上を目的としてきた工場的畜産からアニマルウェルフェア畜産への転換をすすめており、世界動物保健機関(OIE)も2005年から世界家畜福祉基準を策定し、グローバル食品企業もアニマルウェルフェア食品の開発・流通に舵を切っています。

日本でも、2020年開催の東京オリンピック・パラリンピックの選手村等でのアニマルウェルフェア畜産品調達などもあってアニマルウェルフェアが注目されており、アニマルウェルフェアに関心が高まっています。

一方、国内の養豚場ではCSF(豚コレラ)感染が拡大しており、その感染機序(経路)が判明せず、各地の豚飼育現場には深刻な戸惑いが拡がっています。家畜保健衛生所を通した養豚場への行政指導では、豚を野外動物や部外者と接触させないこととしていますが、CSF陽性反応の豚が一頭でも検出された養豚場では家畜伝染病予防法に基づき全頭殺処分となります。このような状況下で、多くの放牧養豚経営者も感染していない豚まで殺処分される事態を避けたいというアニマルウェルフェア的判断に立って、通常ではアニマルウェルフェアに反すると見なされる閉鎖型豚舎に閉じ込めた飼育をせざるを得ない状況に置かれ、ワクチン接種のジレンマにも悩まされています。また、流通・小売・飲食業者の現場でも対応を迫られ、消費者の健康・安全志向から畜産品への忌避につながりかねない問題ともなっています。

養豚におけるCSF、ASF(アフリカ豚コレラ)と同様に、養鶏と鳥インフルエンザ、養牛(乳・肉牛)と口蹄疫等々の家畜伝染病は畜種を超えて共通する畜産の大きな問題です。この機会に、今日的トピックとしてCSFを取り上げながら、アニマルウェルフェアと家畜伝染病対策の問題について生産、研究、政、流通、消費の各分野の関係者が集まって情報を共有し、AWFCJとしての対応を議論することは健全な畜産物フードチェーン(生産・流通・消費の畜産物マーケット)維持にとって喫緊の取組と思います。

なお、このワークショップはアニマルウェルフェアフードコミュニティ・ジャパン(AWFCJ)が主催するAW(アニマルウェルフェア)大学の講座の一環として開催します。

<主催>
アニマルウェルフェアフードコミュニティ・ジャパン(AWFCJ)

<開催日時>
2020年2月15日(土) 13:00〜17:00
(閉会後、麻布大学生協食堂にて交流会(新年会、会費4,000円程度)を開きます。)

<参加費>
無料

<会場>
麻布大学 獣医学部棟1階119/120会議室
(神奈川県相模原市中央区淵野辺1-17-71)

<最寄り駅>
JR横浜線「矢部駅」から徒歩4分

<お問い合わせ・お申し込み>
メール:office★awfc.jp
    (メールを送る場合は★を小文字の@に直して下さい)
FAX:045-252-8550
申し込みメールフォーム: https://awfc.jp/contact-2/ 


【プログラム】 

開場:12:30
開演:13:00

司会・進行:カバリヤ上原まほ、蔦浩子、西村知子)
開会:AWFCJ代表(矢崎栄司)
座長解題:大木茂(麻布大学教授・AWFCJ監事)

第1部 生産及び流通・消費現場の現状

<報告1>
生産現場(養豚農場)からの報告  13:20〜13:40
 氏本長一(あやべ吉水自然農園代表、放牧豚飼育、AWFCJ監事)
<報告2>
食品流通・消費の現場からの報告  13:40〜14:00
 風間与司治(東都生活協同組合理事長、AWFCJ会員)

第2部 CSFの現状と対策

<講演1>
行政によるCSF感染状況と対策
 古庄宏忠(農林水産省 消費・安全局 動物衛生課家畜防疫対策室課長補佐 病原体管理班、獣医師)
<講演2>
家畜獣医師によるCSF感染と生産農場の対応
 大井宗孝(有限会社豊浦獣医科クリニック特別顧問、一般社団法人日本養豚開業獣医師協会理事)
<講演3>
家畜伝染病とアニマルウェルフェア・放牧養豚
 山下哲生(特定非営利活動法人日本放牧養豚研究会代表、黒豚振興エージェンシー・信州BBファーム代表、AWFCJ会員)

休憩 15:30〜15:40

第3部 ディスカッション

報告・講演者及び参加者とのディスカッション
コーディネーター:大木茂

閉会:AWFCJ事務局長(池嶋丈児)


以上


※転送・転載可です。転載・転送される場合は[ALIVE-news]より転載と明記してください。

 


NPO法人 地球生物会議(ALIVE) 事務局
※2015年12月26日より事務局を移転いたしました※
〒160-0008 東京都新宿区三栄町6 オグラビル203号室
TEL:03-5315-4247 FAX:03-5315-4248
E-mail:alive-office★alive-net.net
(メールを送る場合は★を小文字の@に直して下さい)
URL:http://www.alive-net.net/ 

◆「迷子の犬を家に帰そう」プロジェクト
※現在、ウェブサイトがご利用いただけない状況となっております。
ご不便をおかけしますが、本プロジェクトについてのお問合せは
上記ALIVE事務局までご連絡くださいますようお願いいたします。
http://www.alive-net.net/announcement_kaesou-pj_201910.html 


 

工場畜産*畜産動物の扱い /
オルタナ、「アニマルウェルフェア」特集

JUGEMテーマ:ペット


【ポール・マッカートニーが訴える、工場的畜産の実態。】


 

オルタナ』で!

動物福祉のリスクと機会】というアニマルウェルフェア特集が組まれました。
http://www.alterna.co.jp/28881
 

 

<*アニマルライツセンター記事>

 

 

 



 

黄金時代へと

 

「生命を重んじる」ことや、「命を奪わない」精神を持ち続けようと試みよう、今すぐに。

 

そして、人間が大地で作物を育てて食糧を得るということを、食の基本としよう。

そうすれば、食も正され、人間の精神や体も整っていくことだろう。

 

今のような、生きものから奪えるだけ奪い取り、貪るような時代は終わりにしよう。

動物や自然を、人間の利益のためだけの資源だとみなすような考えを改めよう。

見えないところで、生きものが苦しめられ、暴力に怯え、機械のように扱われるようなことのない時代にしよう、今すぐに!

 

 

 

※コンクリ―トや板の上で監禁飼育される豚は、自由に走り回ることはできません。

 

すべての動物たちとの共生、同じ地球で互いに穏やかに暮らすには、人間の動物たちに対する行いを改めなければならない。

 

種で差別することなく愛情を示すこと。

それは、見えないものを重んじることにもつながるだろう。

分かり合える、そう実感するには、人間同士の垣根を越えて、心の目で見ること。

 

菜食の自覚を持つことが、現代人に求められているように思う。

もともと、人間にあったもの。

 

 

「動物の命を犠牲にしてはならない」

「命を奪わない、生きものを殺さない」

 

この普遍的な人類の心の在り方を、多くの人が自分の心の中に取り戻してほしい。

そう心から、願う。

 

 

<参考>

『宮沢賢治の菜食思想』鶴田静

 

 

工場畜産*畜産動物の扱い /
動物裁判というのが、あったらしい

JUGEMテーマ:今日のキーワード

 

動物裁判 西欧中世・正義のコスモス [ 池上俊一 ]

 

朝日新聞の天声人語に書かれてあった『動物裁判』。

 

中世の欧州にあった、風習だという。

動物が裁判にかけられ、死刑などに処するという。人間の法制度を他の生き物にあてはめようとしたらしい。

 

そんな裁判に多く連れてこられたのが、豚だという。

当時は野生に近く、イノシシのように牙もあって、子どもが攻撃されて命を落とすことが多かったからだという。

 

「ブタとイノシシは、見た目よりずっと近い存在である」と新聞は書いているけど、当たり前なんです。家畜豚や野生種の豚、東アジアの野生豚は全てイノシシ科に属しているから。また、「獰猛で」とも書いているけど、犬と同じように嗅覚が優れて、狩りなど犬を使うような仕事の多くを豚たちはこなしてきたのです。豚は犬に勝るとも劣らないと言われます。豚は、繊細な感情を持ち純粋な喜びを示し、触覚に優れているから、触られることを何よりも好むといいます。こういうことを、もっと紹介してほしいです。

 

手を触れると、かれらは目を閉じて体をさすってもらえるのを待つ。優しくなでられると、豚は無上の喜びを感じる。ベーコンを食べたことのある人がみな、この穏やかで信頼に満ちた触れあいを体験したら、そして本来の環境にいるときの動物たちの威厳に満ちた姿を知ったら、豚肉産業はきっとなくなるだろう。

〜『豚は月夜に歌う』p.61より

 

処分される家畜たち

 

豚コレラが拡大し、豚たちが殺処分されることが当然とみなされるようなことは、あってはならないこと。

ワクチン摂取で感染を防ごうなどとは、考えないでほしい。

中国で豚肉が高騰しているから、豚肉料理が食べられることがありがたいなんて、思わないでほしい。

感染が1日でも早く食い止められることを願うなら、豚肉料理を食べないでほしい。

 

不必要な死をなくすためには、こう言って実行するだけでいい。

家畜の死は無用です。私は肉を食べる必要がないのだから」と。

 

家畜たちの死は避けられないものではないし、死ぬ必要はまったくないのです。

集団殺戮はどんな言葉を使っても、残酷な殺しであって、動物たちに対する思いやりのある死(安楽死)など、存在しないのです。思いやりのある犬猫殺処分と言われて、肯定できるでしょうか。

殺処分ゼロを目標に掲げるのは、何も犬猫だけの特権なのではありません。

 

 

参考:

ジェフリー・M・マッソン『豚は月夜に歌う』

 

 

工場畜産*畜産動物の扱い /
どうぶつの権利〜畜産の実態映画!動物目線から生活の中の変革を促す

JUGEMテーマ:ペット



http://2012.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=207

 

『どうぶつの権利』は、畜産の実態を映し出した映画です。

監督:ヤン・ヴァン・アイケン
作品解説

 

子豚の尻尾は焼き切られ、狭いケージの中で身体が大きくなるまで生かされる。ヒヨコは雄だけが機械的に処分されていく。ヒヨコの目線から撮られた映像は、我々も同じ運命を辿るような錯覚を与える。一方で、教会では我が子と変わらぬ愛情を注がれた犬が洗礼を受けている。“人間”となった動物の姿が目に映る。現代の人間と動物は、より複雑で奇妙な関係になった。単なる食糧や労働力だった動物の時代は終わったのだ。人間が生きるために必要な命であり、家族同様の愛情と希望をもたらす命である動物と、我々人間の関係を問う衝撃の短編。

 

http://2012.tiff-jp.net/news/ja/?p=15937

 

※公式インタビュー natural TIFF 『どうぶつの権利』

ヤン・ヴァン・アイケン(監督/プロデューサー/撮影監督/編集)(『どうぶつの権利』)

 

人間の動物に対する愛情は果たして本物か。食用の家畜と、家族のように愛されるペットを、鮮烈なコントラストのうちに描いた本作は、30分という短い上映時間で、普遍的な動物愛護を提起する稀な一篇だ。ヒヨコの目線の高さにカメラを据え、健気な鳴き声が響き渡る渦中で、彼らが殺傷されていく場面には静かな衝撃が走る。尿結石と思しき犬がおしっこして、飼い主が誉めても空々しく感じられるほどだ。アイロニーの中に深い理解を求める監督は、あえて自らの肉食を語ることで、生活の中の変革を促すのだった。

 

──カメラ・ポジション、音響ともほぼすべて動物が見ていること、聞いていることを映していて強烈です。動物の視点を提示することで、何を伝えたかったのでしょう。
 
ヤン・ヴァン・アイケン監督(以下、アイケン監督):オランダでは人口6千万に対して、家畜用の鶏が1億羽、豚が1200万匹もいます。これほど多くの家畜がいるのに、ふだん私たちは、彼らを目にする機会がありません。彼らは養鶏場や養豚場にいて、暗い惨めな生活を送っている。人間が彼らの置かれた状況を直視せず、封じこめているからです。だから私は、彼らがどんな一生を終えるのか知らしめたいと思いました。彼らが置かれている状況を体験して、一緒に考えてほしい。そうした願いから、この視覚的なエッセーを作ったのです。
 
──ヒヨコの視点から精肉工場を眺めると、そこがまるで強制収容所のようにも思われてきます。人間が食べるために作り出したシステムが、人類史の汚点ともいえるひとコマを彷彿させることに、驚いてしまったのですが。
 
アイケン監督:ナチスの人権侵害やホロコーストを考えて、作ったのではありません(笑)。でも映画を作った後、そのように指摘されたことがありました。映画のラストに、たくさんの鶏をフェンス越しに捉えたショットが映りますが、この映像がアウシュヴィッツや強制収容所を彷彿させると言われたのです。でも撮影中は、特に意識していた訳ではありませんでした。
 
───暗い工場で食用に屠殺される動物がいる一方で、わが子のように愛され、家族の一員として育てられる動物がいます。映画ではその対比を、名もなき動物と固有名のある動物として描いていますね?
 
アイケン監督:名称によって動物が選別されるというコントラストは、大いに意識しました。犬のように1匹ずつ愛情を持って育てられる動物もいれば、大量生産される商品として扱われる動物がいます。こんな正反対の状況を作り出したのは人間です。たとえば、豚はとても頭のいい動物で犬よりも賢い。でもこの事実を知らない人は多く、大抵の豚は惨めなまま一生を終えます。
映画では豚を使った動物実験の場面があります。豚を開腹すると、肺も心臓も全部人間と同じ形態なのがわかります。豚は頭がよく社会性もあるのに、人間はなぜか、彼らよりも知性の劣る犬をわが子のように、あるいは、神のように崇めている。
オランダでは近年、莫大な費用を注ぎ込んで、ペット専門の癌センターが設立されました。レーザーやレントゲンを用いた高度医療が可能となった。それほど犬を丁重に扱うのに、家畜用の動物は惨めな生涯しか送れない。人間はなぜこれ程の落差を生みだしたのか、誰もが疑問に感じることでしょう。

 

  ──でもかわいい動物を見ると、人間は自然に愛着が湧いてきます。そこに人間の奢りがあると言えるでしょうか。

アイケン監督:フワフワしてかわいらしい動物を好きになるのは、人間の自然な行為であり、傲慢とは思いません。ただし、名もない動物の生存を見ないということ、より安価な肉を求めて家畜の生涯を顧みない人間の振る舞いは、傲慢だと思います。

──映画では人間に飼われているペットの豚も登場します。飼い豚に添い寝する女性は幸福そうですが、家畜用の豚は管理上の理由から、生後間もない時期に断尾されます。こうした映像の対比は、双方の立場の人間から反発を買いませんでしたか?

アイケン監督:私は何を映像で見せるのか、常にオープンにしています。養豚場の経営者と幸福な豚の所有者には、善悪を断じるものではないと説明し、正式に撮影の了承を得ました。もっとも、養豚場の経営者を説得するのは時間がかかりましたけどね。

──最後に犬の洗礼が描かれます。この場面では、動物の擬人化は、社会全般で行われている行為であることが提示されています。これに対して、養鶏場で精肉用に屠殺されるヒヨコの擬人化は、この映画特有のものであり、強烈なアイロニーを感じさせます。映像の対比は、人間が生みだした選別行為が代え難い基盤を持ってしまったことへの諦めとも受け取れますが。

アイケン監督:これまで嫌悪感を露わにする人はいませんでしたが、この映画を観るのがつらいという人もいるでしょう。私はそれでも観て、考えてほしいと願っています。このようなシステムを変えることはとても難しい。たとえ変えられないにしても、一人ひとりに考えてほしいと願っています。

──原題の“FACING ANIMALS”には、「人間はいまだに動物と向き合っていない」という含意が込められています。一体、どうすれば人間は動物と向き合えるようになるのでしょう?

アイケン監督:映画を撮った後、ベジタリアンになったかと多くの人に聞かれましたが、私は肉食に反対している訳ではありません。人間の自然な営みとして、今も肉を食べ続けています。ただ肉の生産方法をつぶさに見てきた結果、なるべくオーガニックの肉を食べるようにしています。また1週間に1日とか2日というふうに、食べる回数も減らしました。そんなふうに、自分にできることから始めればいいのです。ポール・マッカートニーさんは「ミート・フリー・マンデー(月曜は肉食をやめよう)」を提唱し、世界に広めようとしています。そういうものでもいいと思います。毎日肉を食べる必要はない。回数を減らしたり、家畜が適切な環境で育っているか気にかけたりするなど、一人ひとりが自分にできることを始めれば変化に繋がっていくはずです。

 

  聞き手=赤塚成人(編集者)

 

 

*****

 

―単なる食糧や労働力だった動物の時代は終わったのだ。

 

 

※10/25(木) natural TIFF出品作品『どうぶつの権利』の上映後、ヤン・ヴァン・アイケン監督によるQ&Aが行われました。

 

司会:まず監督からひとことお願いします。
 
ヤン・ヴァン・アイケン監督(以下:監督):みなさんいらしてくださってありがとうございます。私のアジアプレミアになりますので、作品を見せられたことを大変嬉しく思っております。
 
司会:まずこの作品は動物の目線を最も大事にしたという話なのですが、まずはそこから監督に伺いたいと思います。
 
監督:この作品では動物の視点を大切にしました。動物の顔というものを見せたいなと思っておりました。オランダでは家畜がたくさんいまして、人口が6000万人に対して鳥は一億羽、豚は1200万頭いるんです。でも家畜を目にすることはほとんどないんです。いつも家畜は暗い小屋にいて、なぜ私たちは見ることがないのか、なぜ家畜を隠しているのかということを考えてこの作品の原題に『Facing Animals』(動物の顔)をタイトルに組み入れました。
 
司会:日本でもそうですが、食肉加工業者はなかなか撮影許可がおりないんですね。監督はいまこの作品がデビュー作で、本業は写真家です。写真家として活動していて、一度その家畜の写真集を撮って作ってから、長い時間をかけ信頼関係を築きあげ、その後に撮影に臨まれたそうです。そのあたりの経緯についても伺いたいと思います。
 
監督:今回は写真集を先に撮って出し、その後この映画を撮りました。畜産業界に入るのはとても大変で、信頼関係を築き維持して撮影に至るまでに3年かかりました。農家の皆さんはマイナスなイメージを非常に恐れていました。私はオープンに全てをお話しして映画を撮らせていただきました。
 
司会:それでは客席の皆さんから質問を受け付けたいと思います。
 
Q:対比がとても面白かったです。犬は死んでしまって、お棺の中に入れて葬られるところは映したのに、食べられてしまう豚や鳥は殺されるところは映っていませんでした。それにはどのようなメッセージが込められていたんでしょうか。
 
監督:映画の冒頭シーンでひよこが殺されるところは映っているのですが、私は動物の生活の日々を描いていきたくて、殺されていく現場というよりも動物がどのような日々を送っているのかお見せしたくてこの映画を撮りました。


Q:この作品にはナレーションがついてないのですが、同様にナレーションをつけずに作品を撮っていて、家畜を題材にしている作品のドキュメンタリー作家、フレデリック・ワイズマンの影響を受けているのでしょうか。
 
監督:非常に興味深い作品を撮っている監督だということは存じておりますが、残念ながら見たことはありません。
 
Q:上映時間30分の作品ですが、10分くらいに感じられるくらいに見入ってしまいました。この30分という短さに何か意味があるのでしょうか。
 
監督:上映時間30分の長さを10分に感じられたということはとっても嬉しく思います。私は個人的にはドキュメンタリーの尺は長い必要はないと思うんですね。もちろんたくさん映像は撮りましたので、2時間のドキュメンタリーを作ることも出来ました。でも今回はお試しということもありましたので、私としては自然な長さになったんじゃないかなと思います。編集の段階で何分にしようか非常に迷いましたし、どんな映像を見せるか見せないか、どうやってコントラストを出すべきか非常に迷いました。けれどもシーンごとにちがう側面をお見せできましたので、私としてはちょうどいい長さになったんじゃないかなと思っております。
 
Q:豚が手術されているシーンがあったのですが、あの豚はどういう種類の豚なのでしょうか。
 
監督:あれは動物実験をしているシーンで、バイパス手術をしていました。豚の心臓と肺というのは、80%から90%くらい人間と同じなので、豚の実験で成功すれば人間にも応用できてお腹や胸などを切らずに、3つの小さな穴でバイパス手術ができるようになるのではないかといわれています。
 
Q:私は初めてお肉の加工シーンをこの作品で初めて見ました。とても興味深いシーンだと思いました。この作品を作るために3年かかったとおっしゃっていましたが、そこまでして食用の動物を撮影したいという特別な思いは何だったのでしょうか。
 
監督:まず初めは、写真集のために家畜を撮ったんですけども、ちょうどその時に動物の病気(豚インフルエンザ、鳥インフルエンザ、狂牛病など)が流行った時だったんです。大量の処分された動物を映像で見るようになり、今までにこんなに動物がたくさんいたのに目にしていなかったことに非常に興味をひかれ、この映画を撮りたいなと思いました。
 
Q:最初のひよこが殺されているシーンが非常に衝撃的だったのですが、監督はあのような動物たちを撮っていって動物に対する考え方や価値観に変化はあったのでしょうか。
 
監督:この映画を撮影することで、全体のシステムについて非常に学びました。この鳥も養鶏場を回ってワクチン注射をバシバシ打たれていたりする、そういうものを見て考え方が変わってきました。ベジタリアンになりましたか?とよく聞かれますが、それはなっていません。でもオーガニックのお肉しか食べなくなったりとか、少しずつ私の中でも変化が起きていきました。

 

【転載ここまで】
 


 

 

真っ赤なウソに気づく

 

私たち人間は、動物の肉や卵を食べることが重要だと信じています。食卓で、変わり果てた動物の死体の一部(姿)と会っています。それなのに、それらの動物たちの生きた姿と会うことはありません。

肉食の実態は、巧妙に隠されています。非常に幼い子どもの頃から、肉を食べるように強化されて肉食に慣らされています。

一人の人間の中に、動物に対する矛盾する態度が、トラブルを起こさないように注意深く共存しています。

 

子どもたちは、絵本などから、豚や鶏などが、田園の広がる風景の中で自由に走り回ったりする姿を目にしています。動物たちは幸せな生活を送ると信じたままで成長することも不思議ではありません。

しかし、動物たちは農場で牧歌的な状態で自由に歩き回っているのではなく、工場の中に集約され非常に多くの動物たちが監禁され、その飼育方法も機械化されて動物たちも生から死まで工場部品のように扱われています。

 

多くの人が、監督のようにまずは肉食を減らしたりすることを試みること、食習慣から種差別を取り除くようにすることが重要です。多くの人にとっては、一気に動物性食品をなくす事は難しいでしょう。でも、この動物搾取に反対する運動は、肉を食べない、動物性食品を食べないという行為で、誰もが参加したことになります。

 

動物の解放改訂版 [ ピーター・シンガー ]

 

これは、あくまでも個人的な活動において、という意味ですが。

私も、ピーター・シンガーが『動物の解放』で書かれているように、「動物解放運動の一番緊急の課題は、できるだけ多くの人にこの運動に参加するように促し、ボイコットが拡がり、社会の注目をあびるようにすること」だと思えます。結局は「多くの人が何もしない」という状態を作り出さない、ということです。

それは、「肉を食べなくても乳製品や卵は食べると、肉を食べ続けていることと変わりはないのだ」と主張することが、全体的にみて必ずしもいいとは思えない、ということです。肉食はやめていないが減らす努力をしている人を非難しないということです。

 

世界中にアピール・啓発するためには、「まずは減らしましょう」という訴えが、結局は多くの人に参加してもらえそうな気がします。そうした中で、動物搾取のありとあらゆる現状を地道に丁寧に知らせていけば、時代は変わっていけるのではないでしょうか。

 

 

 

「細部については意見の不一致・食い違いがみられる」ということは、ヴィーガンの中でも起こっています。砂糖の精製過程で動物の骨灰を使うから、白砂糖などの精製糖を一切排除する人からみれば、市販の砂糖を使ったものを食べていると「ヴィーガンといえない」となります。パーム油もそうです。植物性といえども、野生動物の棲家を奪い環境破壊や人間搾取問題もあります。それらを一切認めない、という態度で大衆の意識改革に臨めば、できることから始めたいと思う人が尻込みしてしまうかもしれません。

 

圧倒的に商品の選択肢が少ない中で、あらゆる動物搾取をなくしたいと思っている、そういう共通目標がある人の関心や努力を挫くのではなく、共に高みを目指して成長していけるような感じがいいと思えます。ヴィーガンの食生活をしていても、それが動物の苦しみをなくしたいからなのか、その人が動物全体の権利も考えているのかどうかは、すぐに見抜けるでしょう。共通の目標があれば、より努力しながら動物の苦しみをなくしていく世界を構築する、というスタイルでいいのではと思えます。より高い目標へと向かうには、ヴィーガンやベジタリアンに参加する人の目に魅力的に映り、食事に関してはその移行を容易にしたり興味を持ち期待を持つようなさまざまな工夫に労力を割く方が、結果的に動物たちの苦しみを減らし無くしていける一助になれるのではないかと思えます。

 

一足飛びに動物搾取のない世界へと向かえないからこそ、日々の多くの人の選択と関心が、重要なことだからです。


まずは、お肉や卵や乳製品を食べる日を減らしてみて、と話してみましょう。
環境のため、動物のため、誰かのため…その純粋に他者を思いやる心が広がれば、いずれは世界が平和で満たされていくことに繋がるのではないでしょうか。

 

 

 

工場畜産*畜産動物の扱い /
ベジタリアンが夢見た、黄金時代

JUGEMテーマ:コラム

 

 

自然がもたらす穀物や木の実などの菜食中心であった黄金時代。

 

大地は人間に管理されることなく、耕されず種を蒔かれずとも自ずから穀物を生み出し、甘い乳や蜜を流し出し、様々な種類の果実や木の実を生らせていた。人間はそれらを集めて食べていた。

 

生き物の生命を奪い取り、それを食べることは大きな穢れとされていたから、鳥も動物も魚もその命を奪われることはなかった。だから生き物は何も恐れることはなかった。

 

善と正義が自ずから守られ、人を縛る規則も押しつけの講釈もなく、食や物を奪い合う争いや戦いは起こらないので兵士もいず、安全で平和が満ちていた。

 

〜鶴田静 『宮沢賢治と菜食思想』より

 

 

 

これは、特異な考え方だろうか。

ベジタリアンたちが希求した黄金時代。

宗教の枠組みもなかった黄金時代。

 

今これをそっくり真似できるような、手つかずの自然の中に暮らすような社会や世の中を実現することは無理だろうけれど(大地は人間の誰かの所有になっているのだから)。

 

しかし「生命を重んじる」ことや、「命を奪わない」精神を持ち続けようと試みることは、できるだろう。

 

そして、人間が大地で作物を育てて食糧を得るということを、食の基本とすれば。

地上の食も正され、人間の精神や体も整っていくことだろう。

 

今のような、生きものから奪えるだけ奪い取り、貪るような時代は終わりにしよう。

動物や自然を、人間の利益のためだけの資源だとみなすような考えを改めよう。

見えないところで、生きものが苦しめられ、暴力に怯え、機械のように扱われるようなことのない時代にしよう。

 

 

 

 

野生動物たちが人間を恐れるのは、人間が動物たちに対して残虐な行いをしているからだ、という。警戒心が強く人間に心を許していないように見えるのは、人間がかれらにしてきたことに起因するのかもしれない。

 

すべての動物たちとの共生、同じ地球で互いに穏やかに暮らすには、人間の動物たちに対する行いを改めなければならない。

 

種差を越えて愛情を示すこと。

それは、見えないものを重んじることにもつながるだろう。

分かり合える、そう実感するには、人間同士の垣根を越えて、心の目で見ること。

 

菜食の自覚を持つことが、現代人に求められているように思う。

もともと、人間にあったもの。

 

 

「動物の命を犠牲にしてはならない」

「命を奪わない、生きものを殺さない」

 

この普遍的な人類の心の在り方を、多くの人が自分の心の中に取り戻してほしいと、そう心から、願う。

 

 

【中古】宮沢賢治の菜食思想 /晶文社/鶴田静 (単行本)

 

 

工場畜産*畜産動物の扱い /
採卵鶏の末路。。。動物実験は気分的なもの?

 

<アニマルライツセンターより>

 

廃鶏(1〜2年産卵のために搾取された後にと殺される採卵鶏)を屠殺場に長時間放置している問題に関し、

昨年厚生労働省が28施設(全32施設)の調査を行い、昨年11月に公開しました。

この調査はあくまで鶏などが糞尿で汚れているかに絞られており、動物福祉的側面の詳細はわかりませんが、

それでも明らかになったことは、72時間以上、身動きの取れない中、水も餌もない中、放置している屠殺場があったということ。

 

みなさんは、下記動画のような状態で、72時間=3日間、水もなしに放置されたらどうなってしまいますか?

喉が渇き、お腹が減り、体中がきしみ、痛み、恐怖し、死にたいとすら思うのではないでしょうか。

 

https://www.youtube.com/watch?v=ahAVyVRq6KU

 

鶏たちは、長年この状態に苦しんできました。

その肉を、チキンエキス、缶詰の肉、加工肉として食されてきた。

 

そして未だ一部の食鳥処理場は改善の意思すらないことがわかります。

今も続いているのです。

 

農林水産省は3月に3度めの通知を出してくれました。

 

詳細↓

https://www.hopeforanimals.org/eggs/there-is-a-slaughterhouse-that-abandons-chickens-72-hours/

 

 

◇  ◇  ◇

なぜ研究者は動物実験の3R強化が嫌なのか?答えは「気分的」なもの


実験動物について、超党派議連でのヒアリングがありました。その中の議論、動物実験業界側の「改正は一切不要」という主張に明確な根拠はなく、 それどころか、 「我々としては法規制で強化される、気分的にはやはり(研究が)やりにくくなる、ということで悪影響がでる」と驚きの発言が飛び出しました。...

 

 

〜ここまで〜




 

人として実験動物とどう向き合うか、畜産動物とどう向き合うか。

その人自身のモラルが問われていることです。

 

人類に寄与する、と思っていても、結局は「するか、しないか」の問題です。

暴力や殺戮に加担するか、しないか。

残虐性は、大義名分といったこの世的な動機で許されたり認められたりするものではありません。

 

「やってはいけないこと」は「やってはいけない」のです。

 

生き物を苦しめて人間が幸福になることはありません。

また、進化することもありません。





●動物実験は現代社会の中で、化学物質等の安全性や有効性を確認するための手段として、様々な分野の製品開発において行われています。

欧米では、消費者たちが「動物を犠牲にした製品は使いたくない」と声を上げた結果、多くのメーカーが動物実験をやめ、EUでは、化粧品開発のための動物実験が法律で禁止されました。動物を使わない試験方法(代替法)の研究開発も盛んに進められています。






私が動物実験問題の根深さを思い知らされたのが、この一枚のパネル写真でした。
私は京都ベジタリアンフェスティバルのALIVEのブースで知りました。

保護された当時の皮膚病に冒されていた姿は本の写真で知っていましたが、想像を超えていました。

国立病院の実験施設から地球生物会議ALIVEに助け出された時、瀕死の状態だったシロちゃん。
全身、皮膚病に冒されていましたが、こんなに酷い態だったのです。

もと飼い犬で、虐待を受けていて、保健所に捨てられたシロちゃん。
人懐こく健康だったシロちゃんは、実験犬に最適だと、国立病院に1300円で払い下げられて、脊髄を切られ、その後放置されていました。この当時で推定1歳です。

工場畜産や屠畜場における動物に対する暴力や虐待は、世界中の活動家によって、次々と明らかにされてきています。そのため、ネット上などで目にする機会も増えてきました。

しかし、動物実験の現場は、立ち入ることが難しいため、依然として闇の中です。ほとんど知らされていません。

私は、シロの写真を見た時に、「自分はまだ何も知らないんだ。知らないこと、気づいていないことがたくさんあるんだ」と思い知らされました。その衝撃は、一生忘れられません。

 

 

罪なきものの虐殺新版 動物実験全廃論 [ ハンス・リューシュ ]

 

 

工場畜産*畜産動物の扱い /
豚コレラ〜機械化された食肉の大量生産に気づくこと

JUGEMテーマ:グルメ

 

【豚コレラ 収束の兆し見えず】

岐阜市で発生した「豚(とん)コレラ」は6日、一挙に5府県へ拡大。農林水産省と岐阜県は封じ込めを進めてきたが、有効な対策を打ち出せておらず、さらなる拡大も懸念される。

 

 

【胸つぶれる 豚殺処分に悲痛】

豚コレラの感染が5府県に広がっていることを受け、懸命に防疫対策を続けてきた養豚農家や業界団体に衝撃。「胸がつぶれる思い」「終わりのないマラソン」などと訴え、危機感を募らせる。

 

 



 

違う意味で、「胸潰れる、悲痛な思い」。

だから、終わりにしましょう。

 

これ以上、豚を苦しめるのをやめましょう。

こうした工場式畜産の飼育方法を支えているのは消費者だってことに、もっと意識的になりましょう。

そして、消費を変えて、肉を食べるのを減らしやめましょう。

 

現代の工場式畜産のあり方、考えてみましょう。

 

収益性だけを追求して考えられた豚の飼育。 これがどれだけ悲惨な状況か。豚を苦しめているか。

生きる肉生産機のように扱われ、どれだけ本来の習性を無視されているか。

 

コンクリ―トや板の上で監禁飼育される豚は、自由に走り回ることはできません。

 

 

 

この姿、正視できますか。

生産者にとっては、放牧場では飼育していないが、愛情を持って大切に育ててるとか、言いたくなるかもしれません。

でも、動物の習性を無視した育て方、監禁過密飼育方法では、決して愛情をもって育てることなんてできません。

 

私は、今この本を読んでます。

 

しあわせの牛乳 (ポプラ社ノンフィクション 30) [ 佐藤 慧 ]

 

山地(やまち)酪農をしている、中洞さんの話です。

子ども向けに書かれたものなのか、とても読みやすく、わかりやすい本です。

 

山地酪農とは、現在主流の「近代酪農」とは一線を画したものです。

 

「なかほら牧場」の牛たちは、角や尻尾を切られることも、鼻輪をつけられることもありません。

広い山の中で自由に草を食べ、好きな場所で寝て、子牛たちも元気にかけまわっています。

中洞さんの牧場は、放牧酪農を行っているのです。

 

牛たちの居場所は、広い山です。

牛たちが自由に居場所を決め、そこで寝たり食べたりして、飼育中に繋がれることもありません。

搾乳の時は、牛たちが自ら山から下りてきて、搾乳が終わると「おやつ」を食べます。

牛たちも、おやつを楽しみにしています。

 

中洞さんの飼育方法は、日本では希少です。

政府も、つなぎ飼いの監禁過密飼育・人間本位で収益重視のみの「近代酪農」を勧めているからです。そうしたことに、補助金を出しているのです。目に見えない、国民の莫大なお金と消費行為が、家畜動物を苦しめています。

 

中洞さんは、「牛を苦しめる近代酪農をするくらいなら、いっそしない方がいい」という志を持ち続け、今につなげています。中洞さんの同志のほとんどは、「牛を苦しめる近代酪農」をしたくなくて、でもそれでは続けられなくて廃業しました。

 

なにも私は牛乳を飲むことをすすめたり、中洞さんのような家族的経営の酪農や畜産、養鶏をすすめているわけではありません。近代的酪農に異を唱える生産者の試みを紹介したかったのです。

なぜ、そうしているのか。それを、知って考えてもらいたいからです。

コップ1杯の牛乳の重みというものを。

 

 


animalfreedomfighter/

 

どうか、飼育動物と向き合ってみてください。

牛や豚や鶏や羊たちと一緒に、かれらが飼育されている場所で、寝そべったりして、しあわせな時間を共有できると、胸を張って言えますか?

 

人間が幸せだと思える時間と空間に、動物たちと一緒にいられるかどうか。

その逆に、動物たちが今いる時間と空間で、自分も幸せを感じられるかどうか。

生産者は現実に向き合い、消費者は想像し、考えてみてください。

 

イーティング・アニマル アメリカ工場式畜産の難題

 

工場畜産*畜産動物の扱い /
『73cows』〜畜産業は廃業、食用牛は全頭サンクチュアリへ

JUGEMテーマ:グルメ

 

イギリスの短編ドキュメンタリー映画[73cows]

 

<アニマルライツセンターより>


昨年末、アニマルライツセンター翻訳ボランティアの皆様の協力を得て、イギリスの短編ドキュメンタリー映[73cows] を翻訳しました。


これはジェイという牧場主が、動物たちを裏切る職業に葛藤し人生を変えていく姿を追った物語です。


「だんだんとわかってきたのです。動物にも感情があることを。牛たちを育ててその牛たちを実際には食べてしまう辛さも。
一頭一頭個性がありそれぞれの世界を体験している。寝て食べているだけのロボットではないのです。
・・・
ある日突然にトレーラーにのせて牛たちが経験したこともない目にあわせるのです。
とても恐ろしい場所へ彼らを連れて行っているのです。そのことは私を苦しめました。」

 



 
認定NPO法人アニマルライツセンター
http://www.arcj.org

 

 

 

こちらで記事になっているので、ご存知の方も多いのでは。

 

肉用牛の飼育は廃業 心通わせた末の決断


https://youtu.be/CJ-r6ifkMiY


〜転載〜

英中部ダービシャーの菜食主義の農場経営者が6月、牛を殺すのがこれ以上耐えられないと、肉用牛農家を廃業した。食肉用に飼育していた牛63頭は、東部ノーフォークの動物保護施設に託した。

ジェイ・ワイルドさん(59)は25年来の菜食主義者。2011年に父親が亡くなったのを機に、農場を引き継いだ。

「牛は記憶力がいいし、多彩な感情の持ち主だ。他者との関係性を築くし、泣くのを見たことさえある」とワイルドさん。

「最善を尽くして面倒をみた末に、おそらく恐ろしい死に方が待ち受ける食肉処理施設に送り出すのは、とても辛かった」

ノーフォーク・フレッテナム近くのヒルサイド動物サンクチュアリによると、引き取った牛のうち30頭が妊娠していた。どの牛も「ペットとして寿命をまっとうする」ことになるという。

保護施設を立ち上げたウェンディ・バレンタインさんは、自分の家畜を寄付する農家はワイルドさんに限らないと話す。

「酪農農家を続けることが耐えがたく、サンクチュアリの支援を受けて牛をペットとして飼い続けた」カップルもいたという。

ワイルドさんは農場を相続した際に、酪農から有機肉用牛の飼育に転換したが、「動物を食べるのが正しいこととは思えない」ため、常に畜産業から手を引きたかったと話す。

酪農の場合は、牛の母子を引き離すのが牛にとって残酷なストレスになるはずで特に辛いとワイルドさんは言う。
「畜産業をやめる決断をしてホッとしている。ずっと心の負担になっていたので」

市場で売れば4万ポンド(約600万円)にはなる牛を寄付してしまうなど、「まったく狂ってる」とワイルドさんは親類に言われたという。

もっと早く畜産から耕作農業に転換しなかったのは、「想像力の欠如のせい」だというワイルドさんは、有機野菜農場に切り替える方針だ。


(英語記事 Vegetarian beef farmer gives herd to animal sanctuary
 

 

 

 

牛は記憶力がいいし、多彩な感情の持ち主だ。他者との関係性を築くし、泣くのを見たことさえある

 

酪農の場合は、牛の母子を引き離すのが牛にとって残酷なストレスになるはずで特に辛い

 

「動物を食べるのが正しいこととは思えない」ため、常に畜産業から手を引きたかった


もっと早く畜産から耕作農業に転換しなかったのは、「想像力の欠如のせい」



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A Mother's Love

https://youtu.be/aaqR9V4XkXA
 

 

工場畜産*畜産動物の扱い /
豚コレラで殺処分に自衛隊派遣〜3Nにより肉食を正当化する理由

JUGEMテーマ:ニュース



 

岐阜県は25日、岐阜県関市の養豚場の豚から、豚(とん)コレラウイルスの陽性反応を確認したと発表した。殺処分の対象はこれまでの10倍以上の7547頭で、県は自衛隊に派遣を要請した。

 

県は25日午前7時から、家畜伝染病防疫対策本部員会議を開いて対応を協議。殺処分の対象がこれまでより多いため、今後90時間以内に豚を殺処分し、来年1月3日までに埋却や施設の消毒を進めることにした。自衛隊にも災害派遣を要請。防疫措置に陸上自衛隊第10師団(名古屋市)から支援を受ける。

 

豚コレラは人には感染せず、感染した豚の肉を食べても健康への影響はない。(板倉吉延)

 

 

自衛隊、養豚場に500人派遣

 

岐阜県関市の養豚場の豚から豚(とん)コレラウイルスの陽性反応が確認されたことを受け、陸上自衛隊第10師団は25日早朝、約500人の応援要員の派遣を始めた。現地の養豚場で豚の追い出しなどの殺処分支援のほか、餌や堆肥(たいひ)などの埋め立てに向けた運搬作業にあたるという。

 

昼に出発した第3対処隊隊長の三木洋・3等陸佐は報道陣の取材に「県民の不安をしっかり払拭(ふっしょく)したい」と話した。(佐藤英彬)
https://www.asahi.com/articles/
ASLDT2S8QLDTOHGB008.html?ref=tw_asahi

 

 

 

人類が肉食を続けている限り、「不安」は払拭できないでしょう。




Concealed Cruelty - Pork Industry Animal Abuse Exposed
 

 

米国マサチューセッツ州立大学、社会心理学教授、M・ジョイ氏の話によると、一般に人々が肉食を正当化する理由とは以下の3Nである。

NORMAL、NATURAL、NECESSARY

私たちは、動物の肉を食べるのが自然で、それが一般的だから。
私たちは、もともと昔から動物の肉を食べてきたから。
必要、重要な蛋白質の供給源であると考えてきたから。


そしてこれも付け加えることができるかもしれません。「私たち人間は動物よりも優れているから。だから当然、動物を食べる権利があると考えられるから」。



教授曰く、

【肉食主義(Carnism)】とは

肉食主義は性差別主義や人種差別主義と似たような方式で作用します。

暴力で弱者を支配して抑圧しても良いと考えるという点が同じです。

生命体を物として、動物を生産単位として考える思考方式です。

力のある者がいつも正しく、力の無い者の生と死を左右しても良いという思考方式です。
 


口蹄疫の豚の生き埋め問題

 

伝染病が蔓延するたびに、その拡散を防止するため、数百、数千、数万頭以上の家畜が殺されます。

肉食文化、肉食主義が蔓延するなか、3NNORMAL、NATURAL、NECESSARY)が正当化できるのかどうか、問われているのではないでしょうか。

肉食文化?は、人間の嗜好によるところもあるかもしれませんが、これほど蔓延しているその根底には、動物製品を消費してほしい食肉・酪農業界の思惑があります。ヒト以外の動物種という生命体を、モノのように扱い、消耗品として扱うことで、業界は利益が得られています。そして、肉食主義は、広く人間社会を覆う闇の部分です。差別と解放。これは、歴史的に行われ、今もなお、差別主義が蔓延しています。


これ以上のあらゆる犠牲を生まない、食い止めること。

肉食をやめるべき時がきています。

 



 

考えてみてほしい。動物がどれほど優れた情緒をもっているのかを知ることのすばらしさを。それが友情や愛情ならばなおさらだ。見習うべきことも、きっと少なくないはずだ。

    ジェフリー・M・マッソン著『豚は月夜に歌う』p.19より

 

 

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